童話に学ぶ経営学

『クマのプーさんと学ぶマネジメント―とても重要なクマとその仲間たちが、とても重要なことを初めて体験するお話』(ロジャー・E・アレン著、新田義則訳、ダイヤモンド社、1996年(新装版2003年))*

 本書は、A.A.ミルンの童話『クマのプーさん』(1926-)の物語を題材に、目標設定、組織化、動機付け、権限委譲、リーダーシップ等、組織のマネジャー(管理者)が担うべき主たる職能について解説した異色のマネジメント本である。著者のロジャー・E・アレンは経営コンサルタントでありP&G等の大企業でライン管理者を務めた経歴をもつ。本書の刊行後も『クマのプーさんと学ぶ問題解決』(1995)、『クマのプーさんと学ぶ成功の法則』(1997)の著書がシリーズ化され、原著は最初の2作で公称20万部以上売れる人気作となった。

 さて本書では『クマのプーさん』(石井桃子訳)で描かれた、プーやトラー、コブタなどお馴染みの森の仲間たちが登場し、彼らのエピソードが一節ごとにマネジメント上の教訓(?)とともに紹介される。本書には、原作のE.H.シェパードの挿絵(ディズニー版と異なりどこか懐かしく淡い味わいがある)も再掲され、原作のもつ詩的な世界観がそのまま伝わってくる。その牧歌的な物語には、もちろん近代的な工場が存在するわけでもないし、学校や教会のような組織が活動しているわけでもない(むしろ原作の書かれた背景には当時の英国社会で急速に進む都市化への抵抗もあったといえる。自然への憧憬の念はミルンの同時代のエドワーディアンの知識人に共有されるところのものであった)。

 森の仲間たちが過ごすのは変哲のない日常のゆるやかな時間であり、めまぐるしく環境が変化し時間に追われる経営管理の世界とは縁遠いように思える。また、はちみつ好きのプーに代表されるように、多くの登場人物(動物)は勝手気ままに生きていて、働くことはとても嫌いなようにも見える。まさにマグレガーのⅩ理論(人間は本質的に怠惰で外的な報酬等がないと働かないという伝統的な管理論の前提)がそのまま適用され得るようなキャラクターばかりである。

 しかし仲間たちが森で冒険を企てるとき、一時的な「組織化」が起こり、「計画」や「リーダー」の要素がそこに備わる。なかでもクリストファー・ロビン(プーの一番の友人で心優しい性格の男の子。ミルンの同名の息子がモデルとなっている)率いる北極探検隊のエピソードは、ミルンの描いた人間性あふれる、他者へのやさしいまなざしとともに、個性尊重のマネジメントについて示唆するところの多い格好の素材である。たとえば、「クマなんてものに北極を発見できますか」と不安がるプーに対して「もちろん、できるさ。ほかのみんなだって、できるさ。探検なんだもの」と励まし、プロジェクトに魅力と意義を感じさせるロビンは部下の動機付けに長けたリーダーである。

 またロビン曰く「ぼくね、鉄砲だいじょうぶかどうか、しらべるから、きみ、そのあいだに、みんなにしたくをするようにって、いってきてよ」とプーに任務の一部を委譲するのは、本人に時間的余裕を生み出すともに、部下に成長の機会をも与えるよいマネージャーのお手本であり、さらにプーが川で溺れた仲間を助ける際にたまたま使った棒を、地面に立て「のーす・ぽール、プーがこれを見つけた」とメッセージを結んであげたのは、部下の手柄を横取りしないで正当に認める有能なリーダーシップの典型である、というように。

 本著者のアレンのこうした観点は(やや解釈に誇張された印象が否めないが)、マネジメントとは、強権的に他人を働かしめるものという旧来的な観念を揺るがし、メンバー個々に目標への貢献意欲をもたせ、コミュニケーションを通じてさまざまな働きかけを行いながら目標達成へと導くもの、という近代組織論のエッセンスをあらためて伝えるものである。著者の力説する、ボトムアップ的にメンバーの協働を鼓舞し目的を遂行する、というリーダーの役割モデルはC.I.バーナードの『経営者の役割』(1938)を髣髴(ほうふつ)とさせる。

 このように見てくると、人々の協働体系をデザインするマネジメントは、何らかの目的をもった組織がつくられるかぎり、その組織を有効に機能させるための必要条件であり、たとえ子どもたちの遊び集団であってもその要件は変わらないということが分かってくる。子どもたちは遊びを通じ、経験的に動機付けや権限委譲などの適切なリーダーシップを学び取っていくのかも知れない(企業のリーダーシップ研修で、よくアスレチックゲームなどの集団体験を通じたプログラムが設けられるのも首肯できる)。

 もっとも原作では、頼れるクリストファー・ロビンをのぞけば、プーとその仲間たちは、そそっかしく思惑通りに事が進まないで、失敗してしまう場面が多い。完璧でないこと、そこに愛らしさ、微笑ましさがあり、この童話の魅力となっている。本著者のアレンは、失敗から学ぶこともマネージャーの重要な役割だからねとフォローするのだが、プーにはそのような機敏な学習能力を期待したくない、と思うのは筆者だけであろうか。

*原著 Roger E. Allen. 1994. Winnie-the-Pooh on Management: In which a Very Important Bear and his friends are introduced to a Very Important Subject. Dutton/Penguin USA.
訳書・書籍詳細(ダイヤモンド社)
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=4-478-35049-3


高浦 康有 (経済学研究科 准教授)

専門分野:経営学原理、企業倫理
関心テーマ:経営学の研究・教育方法論